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名古屋高等裁判所 昭和34年(ラ)220号 決定

抗告人 中部観光株式会社

相手方 日本音楽著作権協会

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙に記載するとおりである。

よつて、右抗告の当否につき考えてみる。甲第三号証及び第九号証によると、相手方申請にかかる名古屋地方裁判所昭和三十四年(ヨ)第一、〇一八号仮処分命令申請事件において、同裁判所は、同年十二月十一日相手方の申請を相当と認め、「(一)抗告人は、名古屋市中区富沢町三丁目十番地「スイングスイングスター」、同市中村区広小路西通二丁目四番地「ゴールデンスター」、同所同番地「安全地帯」、同所同番地「シルバースリツパー」及び同所八番地「いらつしやいませ」において、別紙目録及び添附物記載の音楽著作物をその営業に使用してはならない。(二)抗告人の各営業所内にある演奏用楽器及び譜面に対する抗告人の占有を解いて、相手方の委任する名古屋地方裁判所執行吏にこれが保管を命ずる。(三)受任執行吏は、第一項の音楽著作物の演奏に使用しないことを条件として、抗告人に右楽器及び譜面の使用を許可することができる」との仮処分決定をなし、同決定正本は、同月十二日抗告人に送達せられたことを認めることができる。そして、相手方は、同年十二月十四日名古屋地方裁判所に対し、抗告人は右仮処分後も仮処分により使用を禁止せられた音楽著作物(以下、単に禁止楽曲という)を、依然その営業に使用しているとなし、右仮処分命令の間接強制を申立て、同裁判所は同月二十四日「(一)抗告人は本決定の告知を受けた日から五日以内に、同仮処分決定に表示された音楽著作物の使用を停止せよ。(二)もし、抗告人が右期間内に前項の履行をしないときは、相手方に対して右期間満了の翌日から一日金七万円の割合による金員を支払え」との決定(原決定)をなしたことは、記録上明白なところである。

抗告人は、抗告人の営業所における音楽演奏は、第三者たる楽団が独自の立場においてなしているものであつて、抗告人は、右音楽著作物の使用をなしているのでないから、その使用を停止する余地はない、と主張する(抗告理由(二)、(四)、(九))。しかし、甲第四号証、第二十八号証、乙第六号証の一ないし十、並びに当審における抗告人会社代表者山田泰吉、利害関係人小川数芳及び同松本正明の各供述によれば、抗告人の前記仮処分の対象とされた各営業所はは、キヤバレー、ダンスホールもしくは音楽喫茶店であつて、このような社交場営業の性格から見て、その音楽演奏は、営業の不可欠的要素であり、しかして抗告人は、各営業所においてそれぞれ二つの楽団を常置し、これに営業時間中常時音楽を演奏させて、来集した客に聴取させているものであること、出演の各楽団は、抗告人の委嘱により、抗告人に対しその営業所において来客のための音楽演奏をなしているものであるが、それは、抗告人の営業計画に従つて、その指図により音楽演奏に従事しているに過ぎず、右は、抗告人の営業所を借受けて独自の演奏興行としてなしているものでないこと、従つて、抗告人の各営業所における音楽演奏の曲目の選定は、一応各楽団に委されているとしても、右演奏曲目の選定は、結局のところ、営業主たる抗告人の自由に支配しうるものであること、そして、抗告人は、各営業所における音楽の演奏により営業上多大の効果と収益を挙げていること、が認めることができる。そうとすれば、抗告人の各営業所における音楽の演奏自体は各楽団により行われているとしても、これによる音楽著作物の使用は、営業主たる抗告人においてこれをなしているものと解せなければならない。右の挙げた乙第六号証の一ないし十によると、各楽団は、抗告人との間の請負契約により、演奏曲目について瑕疵のないものであることを担保し、第三者より故障の申出があつたときは、各楽団の責任において処理するものとする旨約定しているが、それは、単に抗告人と各楽団との間の内部的な関係を定めたものと解すべきであり、これをもつて、対外的関係においても、音楽演奏による音楽著作物の使用者は、各楽団自体であるとしなければならぬわけのものではない。そして、抗告人は、不特定多数の客が来集する各営業所において、来客のために音楽を演奏するのであるから、いわゆる公開の場所において音楽著作物の興業をなすものといわねばならない。

しかして、甲第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第六号証の一ないし十、第八号証、第十号証の一ないし七、第三十四号証、第三十五号証、第三十六号証の一ないし七十二、第三十八号証ないし第四十号証、第四十三号証の一ないし十八、第四十四号証、第四十五号証の一ないし四、第四十六号証の一ないし三、第五十七号証の一ないし二十一、並びに当審における利害関係人家田幸久及び同井内秀一の各供述によれば、抗告人は、前記仮処分命令を受けたにもかかわらず、各楽団に対し仮処分命令の趣旨に従つた適切な措置を採らず、原決定当時はいうまでもなく、その後においても、各営業所において依然仮処分による禁止楽曲の演奏をなさしめていることを認めることができる。右認定に反する原審及び当審における抗告人会社代表者山田泰吉並びに当審における利害関係人小川数芳及び同松木正明の各供述は、いずれも信用することができない。

次に、抗告人は、原決定における損害賠償額一日金七万円の額は、その算定の根拠があいまいであり、且つ抗告人にとり酷に過ぎると主張するので(抗告理由(三)、(八))、この点につき考えてみる。右に挙げた甲第一号証の一ないし三、第六号証の一ないし十、第七号証、第十号証の一、第十一号証、並びに前記家田幸久及び同井内秀一の各供述によれば、抗告人の各営業所においては、その営業の性質上、一曲五分未満の軽音楽が演奏せられており、一日の営業時間中に、各営業所において禁止楽曲が少くとも七十曲位演奏せられること(土曜、日曜並びに祭日等は、平日より営業時間が長く、従つて、禁止楽曲の演奏も七十曲以上となるであろうことは明らかである)、そして、右一曲五分未満の軽音楽についての、文部大臣の認可を受けた音楽著作物の使用料は金二百円であることを認めうるから(小川数芳及び松本正明の各供述は信用しえない)一営業所一日七十曲の使用料は金一万四千円、抗告人の五営業所のそれは合計金七万円となること、計数上明らかであつて、相手方は、本来ならば、抗告人に対し音楽著作物の使用料として、右金員の支払を求めうる筋合であり、抗告人の禁止楽曲の演奏により一日につき右使用料金七万円に相当する損害を蒙つているものといわねばならない。しかして、強制執行の一方法としての間接強制の目的は、債務者に対し、不履行によつて生ずべき損害の賠償を命ずることによつて、間接的に債務の履行を強制しようとするものであるからら、右間接強制決定に掲ぐべき金額は、いちおう右債務不履行によつて生ずべき現実の損害額を標準としてこれを決するのが妥当であろうと考える。乙第一号証、第二号証及び第四号証の使用料金は、相手方との間にその管理楽曲につき使用契約関係の成立した業者等についての使用料金であることが明かであるから、右金額をもつて、本件賠償額算定の標準とすることができないことはいうまでもない。又、右賠償額の算定は、音楽著作物の使用契約に基き抗告人に対して使用料支払請求権の存することを前提としてなしたものでないこと、上来の説明により瞭かであるから、この点に関する抗告人の主張も亦当らないというべきである。

なお、抗告人は、原決定の基礎となつた前記仮処分決定につき、相手方に仮処分命令申請の適格がないとか、被保全請求権ないし保全の必要が存しないとか、仮処分自体の不当を云為するようであるが(抗告理由(一)、(五)、(六)、(七))、右のような主張は、仮処分命令そのものゝ当否を判断する仮処分異議事件等においてなすべく、右仮処分命令の執行方法たる間接強制決定手続において主張しえぬところであるから、この点については、当裁判所は特に判断をしない。

右のような訳で抗告人の主張はすべて理由なく、その他、記録を精査してみても、原決定を違法とすべき瑕疵は、これを見出すことができない。

よつて相手方の間接強制申立に対し前示の如き内容の裁判をなした原決定は、もとより相当であり、抗告人の本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように決定する。

(裁判官 山口正夫 吉田彰 吉田誠吾)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

相手方の申立を棄却する。

抗告の理由

(一) 原決定の基礎となる名古屋地方裁判所昭和三十四年(ヨ)第一、〇一八号仮処分決定申請事件についての仮処分決定である「音楽著作物不使用」の趣旨が極めてあいまいであるとともに、「音楽著作物の使用」は、その性質上不使用を許容しない、即ち、「使用の自由」が認められると同時に、その「使用について使用料を徴収する」ことが本質的なものであり、著作権の仲介業務に関する法律によつて設立された相手方もまた、この本質的な著作権の使用料徴収の役割を演ずることが使命である。だから、本件著作物の使用禁止は、その本来の性質上許されない。むしろ、使用料支払義務の履行、不履行の問題となり、仮差押によつてその目的を達成しうるものである。そこで、果して抗告人において「音楽著作物を使用しているか否か」、「音楽著作物の使用料納付義務者は誰か」の問題は、本案訴訟によらない限り判定困難である(明治時代から、本問題は、法律上使用料支払義務者は誰かという問題の以前として、使用料を徴収できるか否か問題にされず放置されていて、少くとも黙認されていたからである)。仮差押がその性質上許され、本質上仮処分を許さない係争物である場合であり、民事訴訟法上、原決定の基礎となる仮処分決定は、許さるべきでない。そこで、更にこの許容を許さない原仮処分決定から、原決定のごとき間接強制もまた、許されないものである。

(二) 原決定は、その主文の趣旨から、「仮処分決定に表示された音楽著作物の使用を停止せよ。………もし、債務者が右期間内に前項の履行をしないときは、………一日金七万円の割合による金員を支払え」と仮定的なものを決定していることが明かである。そこで、果してこの仮定、即ち、「音楽著作物の使用を停止せよ」が問題となつて来る。抗告人は、音楽著作物の使用はしていないからである。原仮処分決定の執行に当り、名古屋地方裁判所執行吏の仮処分調書により明らかなとおり、抗告人の営業においては、「ピアノ」以外は、第三者である楽団であるバンドの所有及び占有に属し、この部分は、執行が不能に帰している事実に徴して、抗告人が著作物の使用をしているものでなく、抗告人との契約に基く請負人であるバンドに対して、仮処分がなされない限りにおいては、抗告人が忠実に仮処分決定の履行をしようとするも、そのすべがなく、第三者の演奏はあつても、結局、抗告人自体では音楽著作物の使用をしていないこととなるものである。そこで、少くともこの「使用をしているか否か」の判定が困難であるのに、「使用を停止せよ」、「前項の履行をしないときは」という仮定的な主文は、民事訴訟法上紛肴があつて、許されないものである。

(三) 仮に、百歩を譲り、相手方の主張が疏明せられ、原決定の趣旨が「抗告人の営業所内における第三者の演奏までも停止する」との点にまであるなれば、一日金七万円の割合による金員決定について、極めてあいまいにして酷に過ぎるものがある。即ち、抗告人が調査した東京都内の同種営業者から現実に使用料を徴収しているのは、一ケ月金五千円乃至金二万五千円迄であり、全国何処の業者でも、一日金七万円という高額なものを支払つている実例がない。更に加えて、その額の算定が机上の論理による天文学的なものであることから、これが不履行に対する懲罰的なものであるなれば格別、正しい常識ある算定に基くものでない。一般に、演奏される音楽の内二割が著作権の対象とならず、八割が対象となつていると称せられており、三十分間隔の演奏とを合せて、このような数字は出て来ない。更に、この使用料の額を一曲金二百円と仮定しているが、この使用料は、文部大臣の認可受けたものであるか否か疑わしい。即ち、諸外国では、演奏者の数、場所の広狭、営業の具体的内容により、一々その基準を定めて、使用料額を決定しているのに、日本では、抗告人のごとき業態の者に対する認可を受けた事実がない。かかる主務大臣の正規の認可を受けたことのない、他の業態等の認可額を、抗告人の業態に対して一方的に適用する独善を、そのまま受入れた原決定は、全く審理が不尽であるか、事実の認定及び法律の適用に対して、疑問があるといえるものである。特に、この使用料徴収が主目的であるなれば、本訴により使用料請求乃至損害賠償により認められる可能性ある数字の範囲内であらねばならないのに、全国でもその六十分の一以下のものが最高であるのに、六十倍の間接強制を強いることは、全く没常識の限りであるといわざるをえない。

(四) 抗告人は、原仮処分決定を忠実に履行していて、原決定のごとく、音楽著作物の使用を停止する余地がない。即ち、前述のごとく、抗告人は、音楽著作物を使用していないものであり、この使用を停止する対象がない。抗告人の営業所における音楽演奏は、第三者である独立した人格を有するバンドが使用しているものであり仮処分の執行も、その点において不能に帰しているのである。だから、使用を停止すべき対象がないものに対して、使用の停止を命じ、且つ、これに間接強制の決定をなすことは許されない。

(五) 相手方は、仮処分命令の申請及び間接強制の申立をなすの権限を有しないものであるか、又は当事者たるの適格を有しないものである。即ち、相手方は、いわゆる仲介業務法により設立された社団法人であるとするなれば、同法第一条に明記された著作権者に代つて、使用料についての契約乃至媒介をなすの業務がその権能の限界であり、これを超えて、著作権者に代つて、著作権者保護のための法律上の権限を代行行使する権限がないからである。

(六) 次に、著作権が無体財産権の一種に属し、その本質が債権であるとするなれば、音楽著作権もまた、これと同じであるといわなければならない。それだからこそ、著作権法は、偽作者に対して、特別規定を設けて興行差止権を附与しているのである(同法第三十六条)。実体法上物権的請求権がないからこそ、この規定を設け、刑事上の公訴提起が民事上の出訴を前提として、これを認めたのである。民事訴訟法上の仮処分請求権がないからこそ、これが附与されたのである以上、本件のごとき一般民事訴訟法上の保全処分は許されないものである。

(七) 著作権者は、著作権の登録がなければ、これをもつて第三者に対抗しえないことは、著作権法及び判例上疑の余地がないところであるところ、本件仮処分の目的たる音楽著作権につき、行政庁に対する登録があることの証明がなく、且つ、信託を受けたと称する相手方は、信託の登録をなしていることの証明がないから、抗告人に対抗しうる合法なる権利があるかどうか疑問がある。

(八) 音楽著作権の侵害者に対しては、損害賠償請求権はあるとしても使用についての契約が存在しない限り、「使用料請求権」がないことは、著作権法の法条に照して明かであるところ、原決定は、使用料支払請求権あることを前提として、数字上の算定を行い、間接強制の決定をなしたものであつて許されない。

(九) 抗告人は、従前も将来も音楽著作権を侵害していないし、仮処分決定に忠実であることは明らかであるのに、仮処分を命ずる決定に違反することを前提としての原決定はまた、違法であるといわなければならない。著作権法による偽作者が誰であるかは、刑法各則の犯罪者が行為者自身であり、侵害者は、偽作者即ち楽団であるといわなければならない(楽団員には、演奏の自由があるか否かは、又別の問題である)。従つて、抗告人が偽作者であるとは即断しえないのである。

別紙

目録(一)

昭和三十四年六月発行、日本音楽著作権協会「管理楽曲資料、歌謡曲編」第一頁乃至九十一頁、昭和三十四年十月発行同第二集一頁乃至六十八頁及び同第三集(付童謡)一頁乃至三十六頁

目録(二)

一九五八年十月発行日本民間放送連盟編集発行「歌謡曲便覧」改訂版、一頁乃至八百五十四頁、但し日本音楽著作権協会会員の著作物に限る。

目録(三)

アメリカン・ソサイエテイ・オブ・コンポーザーズ・オーサーズ・アンド・パブリツシヤーズ、( American Sosiety of Composers,Authors and Publishers 略称ASCAP )の管理楽曲の一部抜萃リスト一頁乃至百十二頁及び追補I一頁乃至十八頁追補II一頁乃至二十八頁

目録(四)

ブロードキヤスト・ミユージツク・インコーポレーテツド( Broadcast Music,Incorporated 略称BMI)の管理楽曲の一部抜萃リスト一頁乃至十五頁及び同追補I一頁乃至二頁

目録(五)

ソシエテ・デ・オーツール・コンポジツール・エ・エデイツール・ド・ムジク( Societe des Auteurs,Compositeurs et Editeurs de Musique 略称 SACEM)の管理楽曲の一部抜萃リスト一頁乃至一二六頁(シヤンソン第一集)

目録(六)

アメリカンヒツトソング第一集乃至第十六集一頁乃至十九頁

目録(七)

外国映画主題歌及び主題曲集一頁乃至七頁

目録(八)

ラテンミユージツク集一頁乃至十二頁

目録(九)

アメリカン・パフオーミング・ライツ・ソサイエテイ( American Performing Rights Society 略称 APRS )の管理楽曲の一部抜萃リスト第一巻一頁乃至九頁及び同第二巻二頁乃至五頁

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